ヘルシンキの国際会議(AIPPI)

今回は、AIPPIの委員会(商標の周知性判断における関連する需要者について)の委員長をしていたこともあり、delegateとして参加。初の北欧への旅行。折よくJALの直行便が7月から運行しているので、フライトは10時間以下。

 

9月6日(金)

フライト隣席はノルウェー人だった。ヘルシンキ乗継でオスロまで2時間とのこと。空港からホテルまでのタクシーの運転手さんもそうだったが、北欧の人は大柄ながら物静かな印象。

 

東京は相変わらずの暑さだったので、北欧との気温差を警戒してニットまで持っていったが、ヘルシンキは、気温は日中20度と高くないものの、カンカン照りで暑いくらいだった。日陰は涼しく湿度は低い。現地の人は「まだ夏」と言っていて、オープンカフェや芝生では太陽の光をたっぷり浴びて、紫外線をまったく気にしない様子。日傘をさしている人は皆無である。寒いかも、とばかり考えていて、帽子を持ってこなかったことを後悔。人々の影が長くて大きくて、太陽が低い異国に来ていることを実感する。

ヘルシンキの街は小さく、歩いて回ることができる。海辺の美しい街である。トラムとバスが完備している。トラムは昔の東京の路面電車を彷彿させる(というと、トシがばれますが)治安は夜であってもまったく安全。大道芸人が目につくが、ホームレスのような人はほとんどいない。ワインボトルに水を入れて演奏している人が人気だった。

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夕方早めにホテル(Kamp)にチェックインしてから、会議場に参加登録に行く途中で、Forumというデパートの中にあるムーミンショップと、ちょうど第1金曜の17時からは無料となる国立現代美術館キアズマに立ち寄った。美術館の入場料は通常は10ユーロ。17時前に無料目当ての人々がたくさん待っていた。内容といえば、ちょっと理解がむずかしい現代アートや、がらんどうの空間や、ということで、これを鑑賞に10ユーロは高いかも。スペースをふんだんに使える場所ならでは、というかんじ。壁に貼ってあった感想文の中にも「Waste of space」とあったり。しかし、ガラス張りの館内から会議場(Finlandia Hall)に至る広い芝生の広場や隣のミュージックセンターを臨める開放的な空間である。

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夜は初体験のトナカイ料理をLAPPIにて。民族衣装を着た陽気なウエトレスさんが楽しい。ラップランドからのoriginal tasteとのこと。ビールのジョッキも料理の皿と量もでっかい。干し肉、煮込みなどのトナカイの肉自体は、、大好物になったとは言えませんでしたが。

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ホテルについて一言。歯ブラシはないです。ホテルのバーは遅くまでやってました。2日目の晩は、ちょうどオリンピックの東京招致が決まったときで、外国の方からは口々に「おめでとう」と言われました。

 

9月7日(土)

AIPPIWorking CommitteeQ234、前記委員会のお題)に出席。各国の委員会から上がった報告に基づいて作成されたResolution のドラフトを各国代表の意見により修正していく。

 

その後、夕方まで時間が空いたので散歩。まず、ストックマンのデパ地下スーパーで朝食用のバナナ、トマト、ジュースなどを買う。広くて食品の種類は豊富で量も豊富で、この国の豊かさを感じる。

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ウスペンスキー寺院(開いていない。土曜は14時で閉まる。)、ヘルシンキ大聖堂、エスプラナーディ公園、と回ってホテル近くに戻ってきた。ホテル周辺に、テーブルウエアの有名ブランド、イッタラ、そして大好きなマリメッコのお店がある。しかし、いずれも17時で閉店。また翌日の日曜は、ほとんどのお店がお休み。ヨーロッパは、まったくもって買い物に不便だが、日本もペースを落としてこの余裕を見習うべきか。

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ヘルシンキ大聖堂

夜までの間、ちょっとフィンランドのテレビを見てみる。歌番組をやっていたが、みな歌唱力のある大人の歌、というかんじで、AKBのような少女のグループは出てこない。民族舞踊のようなダンスも楽しめる。

 

夜はホテル近くのレストランでビュッフェ。サンタクロースが登場。そういえば、サンタの故郷の国だっけ?生バンドで久々に踊る、というか運動した。

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9月8日(日)

私がもう一つ属しているWorking Committee (Q212)のミーティングに出席。ここでは、オーストラリアのPlain Package の問題を議論。この法律はタバコのパッケージに対する規制で、ロゴや色彩を用いた商標を表示してはならず(限定された範囲で文字商標は表示できる)、健康被害の警告表示を義務付けるもの。日本グループでも、この問題について一回会合を開いて討論したが、タバコについては、このような法案が通ることは想定できない一方、医薬品の名称については特許庁で商標登録できたとしても厚労省の規制により使用できない場合が多いので、その点について指摘している。

 

午後はQ234Resolution について更に議論され、電子投票システムにより、更なる修正と最終案の採択が可決された。

 

夜は、House of Nobilityという建物のサロンで、Ms. Laura Mikkolaというピアニストのミニコンサートを鑑賞。室内にはフィンランドの貴族の紋章が壁一面に飾ってある。プログラムはショパン、シベリウスとバラエティある中、馴染みのあるベートーベンのソナタ「月光」は、こういう場所で聞くと格別である。

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コンサートのあとの立食でシンガポールとイタリアの弁護士と話していたとき、なんで音楽用語は全部イタリア語なのか、という疑問が出て、イタリア人も答えられなかった。歴史的な理由だと思うが、発音しやすい、ということがあるかも。

 

全般的にAIPPIは、出席者数が多くなりすぎたINTAと比べれば小規模で、人との交流が図りやすいところがよい。

 

9月9日(月)

仕事がたまるので、一応Committee関係の義務は果たしたということで、最終日のファイナルパーティーは諦めて帰国。午後のフライトだったので、肩凝り解消のため、ストーンマッサージというのを試してみる。そのあとフィンランド式のサウナにもちょっと入ってみた。マッサージが効いたのか、帰りのフライトはそれほど疲れを感じなかった。

 

帰りの空港までのタクシーの運転手さんはソマリア人だった。内戦の国から逃げてきて、ヨーロッパ各地に家族が散らばって住んでいるという。フィンランド人の運転手さんと違って、すごくおしゃべりで楽しかった。ヘルシンキに7年いるが、非常に安全で満足とのこと。フィンランド語はむずかしくなかったかと聞くと、ノープロブレム、日本語だって東京に1年住めばすぐに覚えられる、東京に行きたい、呼んでくれたらすぐ行く、という(笑)。もっと若い子じゃないとね、というと、若い子はお金持ってない、ぼくも持ってない、困る、だからOldな人がいい、だって(苦笑)。東京は二グロでもだいじょうぶか、と自分で言う。そんなこと気にするんだ、とちょっと悲しく思いながら、問題ない!と答える。

 

ところで、フィンランドではチップを気にする必要がなく、タクシーは全部カードでOK。完全なカード社会で、現金はほとんど必要ない。

 

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ソウルの国際会議(AIPPI)

1020日(土)

仁川国際空港から会議場のあるCoexまで1時間半くらいかかって、ホテル、Park Hyattに到着。エアポートリムジンに乗ったのに、ホテルまで行ってくれず、近くのリムジンバス乗り場で降ろされたのはちょっとびっくり。ここからはタクシーで行け、という。ホテルは小規模で落ち着いた雰囲気。サービスもよい。日本語が話せるスタッフもいる。廊下にはモダンな書のアート、部屋は全面ガラス張りで、片道6車線の日本では考えられない広い道路の交差点とCoex全体を見下ろせる。

その晩は、かねて親しい韓国の法律特許事務所の商標部ヘッドのK弁理士、Y弁護士と会食。その中で、偶然、日韓親善に資する話になった。「キムチ納豆」(Kimchi-Natto)。納豆にキムチを混ぜると最強の健康食になるということで話題に上ったのだが、図らずも、このK-Nコンビは、KoreaKNipponNK-Nでもあり、またまた偶然ながら、K先生たちの事務所の頭文字のKと弊所の頭文字のNとも一致!ということで、K-Nで盛り上がったというわけです。英語と日本語が両方堪能で超エリートのY弁護士、英語ではこういう話はできないですね、と言われる。

Y弁護士は日本の週刊誌ネタまでご存じなのはびっくり。ある言語を習得するということは、その文化的な背景までそっくりウォッチする、という姿勢はすごいと思う。方や、自分の国の判例を追っかけるので満足しているようではダメだ、と反省させられる。K先生は日本語が完璧と思われるが、日本人が飲食店で店員にいろいろと指示している言葉は聞き取れないことがあるという。韓国では、焼肉店でもいろいろと細かく指示しているように聞こえるが、K先生、外国語の場合、こういう店への細かい指示が一番むずかしいのではないかという。それはそう思う。あまり言葉が通じなければメニューどおりのものしかゲットできないが、できればこそ、いろいろと注文ができるというもの。

私はハングルの音がやっと読める程度だが、先生たちのように、これからでも、記憶力が完全に減退する前に、集中してやってみようと思う。

 

1021日(日)

本日は一日観光。快晴に恵まれた。ソウルの平均気温は東京よりも5度低いので寒いと思っていたが、上着は不要で、ノースリーブの人もいた。

バスでの団体ツアーはあまり好きではないが、会議登録料に同行者一人分のツアー料金が含まれているということで、連れと一緒に参加。

ナムサンゴル韓屋マウル(伝統的な邸宅を移築した公園)⇒Nソウルタワー⇒徳寿宮(トッスグン)⇒南大門市場 と回った。

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以前にソウルに来た時に案内してもらっていたので、今回初めてだったのは最初の公園だけだったが、英語のガイドさんの説明が楽しめた。

南大門市場では、文化遺産の南大門が放火により焼失してしまったが再建中とのこと。市場を歩いていると、何もしゃべっていなくても、やはり日本人とわかるのか、「ニセモノあるよ」(ニセモノの山なのは驚きである)とか「ノリが呼んでるよ」(定番の韓国海苔)とか、日本語で話しかけてくる。

ツアーで一緒だったインドネシア人の女性が、私の靴を見て、「ステキな靴ですね」と日本語で話しかけてきた。日本が大好きで、日本語も少しできるという。日本のものは何でも大好き、ものだけでなく歌も好き、と言って「千の風になって」「見上げてごらん夜空の星を」を口ずさんでくれる。日本の世界的な地位低下が著しい中、このように言っていただけるのは涙が出るほどうれしい気がする。以前は国際会議に出ていても日本人であることを誇らしく思えたものだが、今はなんだか隠したくなるようなご時世。どうしてこういうことになってしまったのか。

1021日(月)

昨日と打って変わっての大雨の中、今回の出張のメインの目的である、AIPPIコミティーミーティングへ向かう。様々な国から初対面の人同士がほとんどという中、進行役のスイス人弁護士が手際よく進め、時間通りに1時間半で終了。

一つのトピックとして、オーストラリアが法制化したタバコのプレーンパッケージング(タバコの包装には需要者が誘うようなロゴ商標や図形商標を使えない)があるが、日本ではまず法制化されることはないと思われる。またタバコについては関心がないとか、タバコ会社のクライアントはいない、ということで全体で盛り上がれる議論ではない。

IP Consultant vs. Levis事件の図形商標の使用については、欧州アトーニーが盛り上がっていた。

日本からの私の関心は、マドプロの基礎要件の緩和について。日本語、中国語、韓国語のように、欧米とは異なり欧文字以外の文字を使用する国では、自国語と欧文字を併記した国内登録を持っている場合に、国際出願する際には、外国では使用しない、例えば片仮名を併記した登録をもって、国際出願では欧文字部分だけを指定できればユーザーフレンドリーである。基礎登録と国際出願とは商標が完全同一でなければならないが、これを緩和することによって、国際出願用の基礎登録を登録し直す必要がなくなる。

夕方は韓国の大手の特許法律事務所のレセプションに行き、そのあと、創立50周年の特許法律事務所のハンガンのクルーズ・レセプションへ。夜景が美しかったが、クルーズの船上はとても寒かった。レセプションは船内で、女子十二楽妨を思わせる美人グループが伝統楽器で楽しませてくれた。今、大流行しているハンガンスタイルも披露。

その後、初日のK先生の事務所のレセプションの最後に顔を出して先日のお礼申し上げ、あとは日本人が集合しているという他の事務所のホテル最上階のレセプションへ。外国でしか合わない日本の弁理士の方々もけっこういるので、これもまたおもしろい情報交換の機会になる。

これは、今回おいしいと思った、あまり甘くないマッコリ。

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INTA(サンフランシスコ)出張

今年のINTA(International Trademark Association)Meetingは、サンフランシスコ。西海岸で(東海岸は遠いです!)、しかも憧れのNAPAに近い!ということで、当初より出かけることに。INTA出張は直前で2回取りやめており、1回はオランダ(サーズ大流行のとき、自主的に)と2回目はシアトル(新型インフルエンザ大流行のとき、大学の渡航自粛要請により)。今回も大地震のあとなので、どうかな、と思ったが、無事に出発。

5月15日(日)

0時過ぎの深夜便、羽田発(♪)のJAL、SF直行便。10時間以内だと楽である。出発前に、羽田の国際線ターミナルができてから初めてだったので、見て回り、食事したり、買い物したり、プラネタリウムのカフェで寛いだり。深夜発はその日の朝から準備してゆっくりできるので案外よい。

5月14日(土)

夕方SF到着。この日は晴れていたが翌日から雨模様で、ほぼ帰国前日まで、と~っても寒かった。福島くらいの気候と聞いていたのでコートとスカーフを持っていったのが大正解。

ホテルはマリオット・マーキー、ヘッドクォーターのホテル。ヘッドクォーターはミーティングの待ち合わせに、ここでと指定しやすいので便利。INTAは、特に人気の都市で開催の場合は、オフィシャルホテルの予約が埋まるのが非常に早く、私はいつものんびりしていて出遅れる。今回も、ここはとっくに「FULL」だったのだが、一瞬空いた隙に予約できた。聞くところ、大手の法律事務所などが震災後を慮って出席を取りやめたので、そのおかげのようだ。

ホテルのグレードとしては、最高級、というのではないが、部屋の居心地、ベッドの寝心地はとてもよかった。外国は高級ホテルでも、歯ブラシ、スリッパはないことが多いので、いつも持参するが、スリッパはフライトのビジネスクラスに付いているのを持ってくる。不思議に思うのは、米国、ヨーロッパでは、高級ホテルにも、まだまだウォッシュレットが浸透しないこと。TOTOさん、もっと営業をがんばってもらいたいもの。

ちなみに出張の時は、エコノミーで予約し、たまったマイルでビジネスにアップグレードするが、この頃は買い物でもけっこうマイルがたまるので、買い物はJALカードに集約するようにしている。

ホテルのロビーで友人の弁理士、J子さんと待ち合わせ。タクシーでJ子さんお勧めのカニ料理のお店、タンロン(Thang Long)へ。海外沿いの住宅街にあり、回りにポツポツと店はあるものの寂しいエリアで、あまりブラブラ歩かない方がよいエリアとのこと。J子さんはSF付近に住んでいたことがあり地元に詳しい。タクシーはゴールデンゲート・パークを抜けて行ったが、日本の公園とは樹木のスケールが違うかんじである。(ちなみに、街中の花屋でも、なぜか米国の花は、バラでもなんでも花自体が、デカイ!)

タンロンは大盛況で何人も並んで待っている。予約なしでは入れないかんじ。こちらも8時45分という遅い予約がやっと取れたのだが、この人では時間どおりに入れるかしら、と言っていたら、不思議と時間きっかりに席に案内された。待つ間はウエイティングバーでワインなどが飲める。

J子さんお勧めのカニと、イカ、サラダ、パスタをいただき、赤ワイン1本空けて、その頃には他のお客さんもだんだんいなくなり、ほぼ最後のお客さんになって、タクシーでホテルへ。J子さんは私にとって貴重な女性の先輩弁理士で、いろんな話で盛り上がったのだが、やはりフライトの疲れで酔いの回りが早かったのか、何を話したのかは、、

時差ボケしないように現地の夜まで寝ない(飛行機の中では寝ない)ので、今回も(赤ワインのおかげもあるが)ぐっすり眠れた。

5月15日(日)

NAPAへは、研究会でご一緒の弁護士、K先生からのお誘いで、車を手配していただき、ホテル近くから、ドライブで向かう。友人のR子弁理士も誘った。当初、(泡が好きなので)ドメインシャンドンへのワイントレインツアーを予約していたが、ドライブで連れてっていただける、ということで、こちらはキャンセル。(予約もキャンセルも、日本からメールで問題なくできた。)

ドライブで2時間弱だが、ゴールデンゲートブリッジを通り、間もなく田園風景、葡萄畑、となるので、退屈せずに楽しめる。

K先生のクライアント関係で予約していただいた、日本人(辻本憲三氏)がオーナーのKENZOエステートへ。厳重な門から車で何分か走らないと建物に至らない広大な敷地。ポピュラーなワイナリーと違い、非常に静かで、まさに大自然の中というかんじ。向こうに野生のターキーが歩いているのを見ながら、テースティングしつつランチをいただく。(ちなみに、サンドウィッチにも、ターキーが、、)一同、なんだか別世界ですね~、とその静けさに浸る。

〔乗せていただいた車とナパの葡萄畑〕

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その日のNAPAは非常に寒く、ランチの後にヒョウが降ってくる。あとで見ると、生まれて初めて見たが、直径5ミリ強の氷の玉が無数に落ちていた。

ランチの後にゲストハウスに案内いただいたが、広いリビングとベッドルームが何室もあり、りっぱなキッチンも備えている。(ちなみにトイレは、さすが、ウォッシュレットだった。)

ところで、KENZOエステートのワインについては、きちんと商標登録されている。以下はラベルの登録例(第5178788号。第33類「米国カリフォルニア州ナパ・ヴァレー地域産の赤ワイン」) 。

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実際のラベルは白地に商標が印象的に表示されたシンプルで洗練されたもので、「紫」という漢字はエンボスで目立たないようにさりげなく表示されている。「むらさき」というのは醤油の別称であるが(今は死語?)ワインに「紫」というのは思いつかなかった。なるほど、赤ワインの色は、ワインレッドというばかりでなく、そういえば紫の要素もあるなあ、と改めて思う。

KENZOエステート見学のあと、運転手さんに、ドメインシャンドンとオーパスワンに回っていただいた。ドメインシャンドンでシャンパンを1杯、オーパスワンは予約がないと内に入れないので、特徴的な建物の前で記念撮影のみ。

5月16日(月)

午前中、INTAのセッションを覗き、ランチはシンガポールの事務所のレセプションへ。オリエンタルなかんじのお料理がよかった。仕切っている女性のパートナーに聞くと、レストランに料理の内容について細かく指示したとこのこと。

ホテルに戻り米国の女性弁護士とミーティング。彼女の上司と仕事をしていて、彼女とは初対面だが、なぜかプライベートな話になり、お互い子供がいない、という話のあと、「あなたはこれからね」と言うと、「私は結婚していないの」というのでびっくり。とても優しいかんじの、バリバリっていうタイプではなかったので。あたたかい人でとても好きになった。後でパーティーでも会いたかったが、会えなかった。昨今のINTAは参加人数が多すぎて、アポなしで目当ての人に会うのは困難なのである。そのあと、うちのパートナーと合流、別の米国事務所のパートナーと面談。

その後、今年から始まったという、Academic Dayという、大学関係者のセッションに出た。私のような兼業教師は、Adjunct Professor(非常勤教授)という。セッションのパネラーの一人は企業出身の専任教授だった。私が教えている専門職大学院のように、米国の知財分野でも企業出身の教授が多いのかもしれない。そのあと、懇親パーティーがあったが、とりあえず食事しよっと、ということで、かわいい女の子たちのいるテーブルに行ったら、地元の大学の学生たちだった。大学で教え初めて5年目になるが、妙に学生たちといると居心地がいいと思えるのは、ちょっと教師が板に付いてきたのかな?

そのあと、カナダで教えている中国人教授、INTA出身の米国人(ジョン)、オランダ人の学生、という、なんだか不思議な取り合わせで盛り上がり、隣でやっていた中国のレセプションで中華まんじゅうなどをつまんだあと、ジョンがINTA会場に出展している絵を4人で見に行った。ジョンの奥さんは韓国人の写真家ということで、本人もオリエンタルなことに興味があるらしく、日本のアニメを彷彿させる、とても不思議な絵だった。

5月17日(火)

朝から雨の中、ミーティングの待ち合わせのホテルへ歩いて行く。オーストラリアの事務所のゲールとジョーの女性コンビは、とても気が合っているとみえて、こういうコンビで出張できれば楽しいだろうな、とうらやましく思う。その後、大手クライアントの米国代理人事務所とのミーティング。その事務所の担当パートナーは、昨年初めて会ったときに、こわそうな人だなあ(実際、ときどきメールの言葉がこわい)、と思ったのだが、今回、その夜の同事務所のレセプションで、いつもメールのやり取りをしているパラリーガル(金髪でとても美人)から、「彼はシャイなの」と聞いて納得。

重要ミーティングの後は、ちょっと解放感で、インドの事務所のレセプションでランチ。このインドのレセプションが今回の中で一番豪華で、興隆するインドの力を感じる。その後、歩いて行けるSFMoMa(サンフランシスコ近代美術館)へ。ゆったりとしたスペースで寛いで鑑賞できた。モダンアートのほか、100年以上前のサンフランシスコの街の写真なども展示されている。ショップが楽しい。

午後はそれこそ大雨の中をカナダの事務所のレセプションに出て、そこから前掲米国事務所のレセプションに回り、そのあと、偶然にNAPAに同行した友人らと会ったので、食事に同席して、そのあとまだ飲み足りないという彼女に付きあってホテルの前のBarでワイン。その日は妙に日本人Colleaguesに会った。(この頃は日本人はあまり目立たない。)少し飲み過ぎ。

5月18日(水)

ホテル1階のスタバのコーヒーで目を覚まし、米国弁護士とミーティング。いずれのミーティングでも当然聞かれたのが、東日本大震災のこと。日本人はさすがだ、米国だったら皆、自動販売機を壊して持っていく、などと言われたが、ああいう状況では、自動販売機を壊す気力もないのでは、と思う。あと、物資については救援が来ると考えるだろうから(スムーズでなかった場所もあるが)機械を壊してまで飲料を盗んでいく必要がないような。しかし、いずれにしても、日本人の国民性について褒められるのはうれしい。関連して思うのは、米国の街では、ホームレスではないが、明らかにビジネスパースンとは格差がある人々が多い、ということである。日本は比較的まだ格差の幅が狭いのでは、と思う。

この日は夜のファイナルパーティーまで、ちょっと買い物することにする。ホテルはショッピング街のユニオンスクエアのすぐそばでとても便利。最初のINTA出張で行ったニューヨークで行ったことがある高級デパート、ニーマンマーカスでは、インテリアの売り場のディスプレイがカラフルかつ洗練されていて見とれた。日本にはない色彩感覚。色に引きつけられて、青緑をベースとするテーブルマットと写真立てを購入。

〔インテリア売り場のディスプレイ〕

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〔街中の花屋さん、気のせいか花が日本より大きい〕

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そのあと、近くにコーチのショップがあると聞いていたので行ってみた。コーチはブランドバッグの中では高価すぎるということがなく、いっぱい入って(大学の資料など、いつも重いので)しかもデザイン性が高い。店員の「これは限定品で空港には売ってません」なんて言葉に弱く、夏用のデカいバッグと妹へのお土産を購入。

夕方、アルゼンチンの事務所の人と会うが、パートナーが日本語堪能で驚く。彼が見せてくれたメモには日本語がびっしり。わからない言葉はすぐに書きつけて覚えるという。それにひきかえ私の英語はこんななのに勉強せず、、と反省。

ファイナルはカルフォルニア科学アカデミーの貸し切りパーティー。後輩弁理士と待ち合わせて向かう。エントランス前で和太鼓グループの演奏があった。和太鼓を趣味(というか、唯一のエクササイズ)としているので、興味深く鑑賞。サンフランシスコには有名な和太鼓集団があると聞く。建物内には、熱帯雨林が再現されており、今回初めて「あたたかい」という感覚をおぼえた。それほど寒かった。

〔館内の水族館〕

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5月19日(木)

帰国の日だが、フライトが19時過ぎなので、再びJ子さんと待ち合わせて、ケーブルカーでフィッシャーマンズワーフへ。ケーブルカーの運転士(グリップマン)の指示がすごくて、指示どおりの場所に乗らないと怒られる。ステップ乗車といって車体脇のステップのバーにつかまって車外に身体が出ている乗車方法は、まず日本では「危険!」「すれ違う車と接触して乗客がケガしたらどうする?!」と認められないだろうと思う。自己責任の国、ということだろう。それにしてもサンフランシスコの坂の急勾配は驚きである。よくこういう所に街を作ったと思う。

〔手動で回転〕

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  フィッシャーマンズワーフから対岸のサウサリートにクルーズしたのだが、その前に腹ごしらえで、大きなパンをくり抜いた中に入ったクラムチャウダーをいただく。今回のSF旅行で食べた中で一番おいしい食べ物だったような。パンは酸っぱい味で中のクラムチャウダーととてもよく合う。パン全部は大き過ぎてとても食べ切れない。日本にはない贅沢感。

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サウサリートはこじんまりした、きれいな街で、ブラブラとショッピングするのに最適。ラッパーツ(Lappert's)アイスクリームのフルーツのアイスがおいしかった。今回SFで初めての好天に恵まれ、青い空と海を楽しめ、最高の締めくくりとなった。

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〔有名なアルカトラス島&ゴールデンゲートブリッジ〕

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「紙上重視」

日経のコラムに、稼ぎにならない「紙上重視」という言葉があり、社内向け文書を作り込むことは生産性を下げる、と思っているので、なるほどね。

自分が勤めていたとき、「日報月報」というのがあり、毎日やった仕事を書いて報告するのだが、忙しい時ほど、そんなものを書いている暇がない。一方、時間があれば詳細に書き込めるので、紙上では一見忙しそうに見える。これはばかばかしい。

しかし、自分が上司になってみると、部下が忙しそうにしているが、ほんとうに忙しいのか、書かせてみたことがある。ある程度、仕事量は把握することができるが、その書面を読んでチェックするのに自分の仕事が増えることに。で、短期間試したが止めてしまった。

今は、こう考えている。仕事が暇、というのは実は楽しいことではない。なので、もし暇であれば、何かやることがないか上司や同僚に聞くのがビジネスパーソンとして当然の行動。そういう当然の行動ができる人を採用すればよい。

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米国弁護士の「転所」

知り合いの米国弁護士から金曜の夜にメールが入ってきて、「急なのはわかっているけど、月曜に伺いたい」とのこと。事務所を移るので、新しい事務所の紹介をしたいという。ちょうど空いていたのでランチすることに。

やってきた彼は日曜に到着して昨夜は各クライアントにメールを打ちまくったりで徹夜だったということで、とても疲れている様子。事務所を移る場合、米国のクライアントは弁護士に付くのだが、日本のクライアントは事務所に付く傾向があるので、金曜に前の事務所を辞めて、すぐに日本へ出発、日本のクライアント巡りとのこと。

彼の州の規則が米国でも一番厳しく、辞めるまではクライアントに一切連絡できないという。なので、辞めたとたんにバタバタと忙しいことになる。前の事務所では知財部門の力が弱く、予算もカットされ、有能なセクレタリーをクビにされたのが、彼は一番不満なようすだった。今度の事務所は知財部門が強く、発言権があるとのこと。

部門間の力関係というのは、自分も大手にいたとき、そして中規模にいたときも、大いに感じた。一番よいのは独立採算制かもしれない。

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競争の好き嫌い

日経2008年5月5日の経済教室「なぜ残る男女間格差」(大竹文雄阪大教授)で、男女間の賃金昇進格差が残っている理由として、男性の方が女性より競争が好きなのでは、という仮説を挙げている。私は、大学時代の優秀な女性の友人たちが、最初から「競争」などする気はなく、わが道を行っているのを見ているので、全くもってそのとおりだと思う。この論説の中で、

こうした競争に対する態度の男女差は、遺伝的なものなのか、それとも文化的なものなのか。

というて疑問に対して、

遺伝的というよりは文化や教育によって形成されるのではないか、

との、実験結果からの推測を挙げている。これも実験するまでもなく、そのとおりと思うが、同じ環境に育って、同様のリベラル度の高校、大学で教育を受けても、やはり相当の個人差があるように思う。

というのは、私は学生の時から順位が付く競争が好きだった(ただし、運動音痴なので、運動関係は最初から放棄)。かといって、超優秀、というわけではないのだが、妙に順位にこだわるところがあり、特に男性に負けたくない、との思いがすごく強かった。両親も飽きれていたこの性格はどこから形成されたのか。

かつて女性弁理士の数が非常に少なかった頃、女性の士業が男性に比べて不利な立場にある、よって、相互扶助が必要、との観点から、女性弁理士の会「紫青会」(変わったネーミングだが、紫式部と清少納言から採り、色合わせ?で「清」を「青」に変えた、と聞く)が存在した。私はこの会で超優秀な女性の先輩たちと親しくさせていただいた最後の方の世代となった。私はそういう意味でラッキーな世代だった。現在では、女性弁理士が少数派とは言えなくなってきたので、この会も自然消滅してしまった。

しかし、この会で、女性が男性と伍していくことについて、果たしてサポートというのが必要だろうか、と思っていた。男性と「競争」するかしないか、「競争」に乗るか乗らないかは個人の性格の問題ではないか。現在、女性が仕事をしていくについて、かつて私が先輩から直接伺っていたような苦労は今は(少なくとも表向きは)ない。そこで、組織の中で昇進を目指すかは、個人の生き方の問題であって、根本的には性差ではないように思うが、それでも女性の方に「競争」好きでない人が多いな、と回りを見ていて思う。(士業の女性は別かもしれない。)

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この一週間

火曜は、午前に企業内向け商標研修。いつもは、大学院の大きめの教室で、「前の方に座ってくださいねー、後ろから当てるぞ~」と言っているんですが、この日は小さめの会議室にぎっしりで、目前に受講者が。で、なんだかかえって緊張。大人数に向かってマイクでしゃべる時は、一人一人の反応は気にしたくても近眼で見えないのですが、少人数の受講者が目前だと、興味をもって聞いているかしらん、と反応が気になるもので。

午後は、クライアントさんのソリューションフェアへ。出願をご依頼いただいた商標がコーポレートブランドとして正面に掲げられ、そのコンセプトのもとに各事業戦略が説明されました。問題なく登録になるはずではありますが、身の引き締まる思い。

木曜は大学院の授業のあと、知財トップ弁護士を囲んでの知財法務ゼミの同窓懇親会に駆けつけ。仕事真っ只中の仲間ばかり。で、「情報交換」と称して、ついつい3次会まで。で、翌朝の横浜でのアポにギリギリセーフ。

横浜では意匠のご相談。そのあと、クリスマスオーナメントのお店を通ったんですが、そうか、オフィスにもクリスマスのもの、なんか飾らないと。

土曜は一日、大学院の授業のレジュメ構成。各項目の理解にぴったりの判例を思い出したり探したりして、パズルのように当てはめていくのは、けっこうおもしろい作業。しかし、条文理解のために、ちょっと図式化してみよっかな、とフローを作り始めたら、これが慣れないもんで、えらい時間がかかり。図とかレイアウトとか、本質的でない作業にいつも時間をくってしまうものでして。

日曜は、週末のお勤めの掃除。今回は思い立って本と資料を整理して、不要のものを山のように捨て、あちこちに散乱していた本をテーマ別に本棚に並べて悦に入る。というのも、金曜に本屋で目に留まった「佐藤可士和の超整理術」(日経)の最初だけ読んで、なんだか発奮。しかし、そのおかげでくたびれて、本日やるはずだった来週のレクチャーの準備に至らず。

こういうことってよくありますよね、仕事するには、まず環境を整えなければ、って、環境づくりに終わっちゃうことって。

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多様性

「日経ビジネス」9月17日号掲載、「企業文化」とは何か、カルロス・ゴーン。

ビジネスの目的は価値を生み出すことである。それに照らして言えば、似た者同士で仕事をしていては、新たな価値を創出することは難しい。なぜなら、今の市場は多様化、グローバル化しているからだ。

つまり、ビジネスパートナーは「似た者」ではなく、自分から見て「変」(いい意味で)と思える人がいいのね。と納得。これには成功してるかも。

ここからがレベル低い話。昨夜はプライベートパートナー(?)が鮭のカマを買ってきた。鮭なんて、おにぎりの具くらいにしか考えてなかった私は、鮭ですか~?!って反応。しかし、カマであれば、脂がのってて酒のツマミに意外においしいことがわかった。

これも多様性、なんちゃって。

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びっくりの再会

六本木ヒルズの新規クライアントと面談。受付をすませ、受付のあまりのりっぱさにちょっと気後れして待っていると、「あやねえ~、お久しぶり♪」って出てきたのが、なんと前に特許事務所に勤務していた時の元部下のMちゃん。

な、なんで、ここに、とよく考えてみると、そうか、この会社に(最初受付で)転職したって聞いてたっけ。今は、社内弁護士のアシスタントをしているという。

その社内弁護士との面談をすませ、Mちゃんと待ち合わせて、昔話をするべく焼き鳥食べながら一杯。

Mちゃん曰く、「あやねえが来るって知ってたけど、驚かそうと思って。どんなおばあちゃんになってるかと思ったら、変わらないね~」。そりゃあ、よかった。このトシになると、老けたね~、って言われるのが一番ショックなんで。

二次会で飲んだ以下のワインがよかった。オーストラリアのKILIKANOON (キリカヌーン)シラーズ。Mちゃんがカベルネソービニオンがよい、と言うのに対し、私はあまりカベルネは好まないので、とソムリエに言ったら、出てきたのがこれ。もともとシラーズは好きだが、ちょっと驚きの私好み。

Kilikanoon

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報われる瞬間

クライアント企業を退社した米国の社内弁護士さんから、かなり長文のメールをいただきました。

しばし休息のあとに新たな仕事をしたい、とのご本人の近況のあと、

これまで一緒に仕事をしていて、あなたの速くで的確なアドバイスがその会社の日本におけるブランド保護に役立った、今後また商標について代理人が必要になった時は真っ先にあなたに声をかける、

とのお言葉をいただきました。一緒に仕事をしていた人には同様の謝辞を述べたのかもしれませんが、なんだかものすごく感激して、泣けてきました。というのは、ここのところ、一方でかなりヘビーな仕事についてお客さまから催促されながら、短納期の仕事に追われて着手できず、その言い訳をする、といった状況で、なんだか疲れ気味だったので、精神的にすごく救われたのです。

この仕事をしていて最も報われる時というのは、このような瞬間です。

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