ヘルシンキの国際会議(AIPPI)

今回は、AIPPIの委員会(商標の周知性判断における関連する需要者について)の委員長をしていたこともあり、delegateとして参加。初の北欧への旅行。折よくJALの直行便が7月から運行しているので、フライトは10時間以下。

 

9月6日(金)

フライト隣席はノルウェー人だった。ヘルシンキ乗継でオスロまで2時間とのこと。空港からホテルまでのタクシーの運転手さんもそうだったが、北欧の人は大柄ながら物静かな印象。

 

東京は相変わらずの暑さだったので、北欧との気温差を警戒してニットまで持っていったが、ヘルシンキは、気温は日中20度と高くないものの、カンカン照りで暑いくらいだった。日陰は涼しく湿度は低い。現地の人は「まだ夏」と言っていて、オープンカフェや芝生では太陽の光をたっぷり浴びて、紫外線をまったく気にしない様子。日傘をさしている人は皆無である。寒いかも、とばかり考えていて、帽子を持ってこなかったことを後悔。人々の影が長くて大きくて、太陽が低い異国に来ていることを実感する。

ヘルシンキの街は小さく、歩いて回ることができる。海辺の美しい街である。トラムとバスが完備している。トラムは昔の東京の路面電車を彷彿させる(というと、トシがばれますが)治安は夜であってもまったく安全。大道芸人が目につくが、ホームレスのような人はほとんどいない。ワインボトルに水を入れて演奏している人が人気だった。

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夕方早めにホテル(Kamp)にチェックインしてから、会議場に参加登録に行く途中で、Forumというデパートの中にあるムーミンショップと、ちょうど第1金曜の17時からは無料となる国立現代美術館キアズマに立ち寄った。美術館の入場料は通常は10ユーロ。17時前に無料目当ての人々がたくさん待っていた。内容といえば、ちょっと理解がむずかしい現代アートや、がらんどうの空間や、ということで、これを鑑賞に10ユーロは高いかも。スペースをふんだんに使える場所ならでは、というかんじ。壁に貼ってあった感想文の中にも「Waste of space」とあったり。しかし、ガラス張りの館内から会議場(Finlandia Hall)に至る広い芝生の広場や隣のミュージックセンターを臨める開放的な空間である。

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夜は初体験のトナカイ料理をLAPPIにて。民族衣装を着た陽気なウエトレスさんが楽しい。ラップランドからのoriginal tasteとのこと。ビールのジョッキも料理の皿と量もでっかい。干し肉、煮込みなどのトナカイの肉自体は、、大好物になったとは言えませんでしたが。

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ホテルについて一言。歯ブラシはないです。ホテルのバーは遅くまでやってました。2日目の晩は、ちょうどオリンピックの東京招致が決まったときで、外国の方からは口々に「おめでとう」と言われました。

 

9月7日(土)

AIPPIWorking CommitteeQ234、前記委員会のお題)に出席。各国の委員会から上がった報告に基づいて作成されたResolution のドラフトを各国代表の意見により修正していく。

 

その後、夕方まで時間が空いたので散歩。まず、ストックマンのデパ地下スーパーで朝食用のバナナ、トマト、ジュースなどを買う。広くて食品の種類は豊富で量も豊富で、この国の豊かさを感じる。

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ウスペンスキー寺院(開いていない。土曜は14時で閉まる。)、ヘルシンキ大聖堂、エスプラナーディ公園、と回ってホテル近くに戻ってきた。ホテル周辺に、テーブルウエアの有名ブランド、イッタラ、そして大好きなマリメッコのお店がある。しかし、いずれも17時で閉店。また翌日の日曜は、ほとんどのお店がお休み。ヨーロッパは、まったくもって買い物に不便だが、日本もペースを落としてこの余裕を見習うべきか。

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ヘルシンキ大聖堂

夜までの間、ちょっとフィンランドのテレビを見てみる。歌番組をやっていたが、みな歌唱力のある大人の歌、というかんじで、AKBのような少女のグループは出てこない。民族舞踊のようなダンスも楽しめる。

 

夜はホテル近くのレストランでビュッフェ。サンタクロースが登場。そういえば、サンタの故郷の国だっけ?生バンドで久々に踊る、というか運動した。

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9月8日(日)

私がもう一つ属しているWorking Committee (Q212)のミーティングに出席。ここでは、オーストラリアのPlain Package の問題を議論。この法律はタバコのパッケージに対する規制で、ロゴや色彩を用いた商標を表示してはならず(限定された範囲で文字商標は表示できる)、健康被害の警告表示を義務付けるもの。日本グループでも、この問題について一回会合を開いて討論したが、タバコについては、このような法案が通ることは想定できない一方、医薬品の名称については特許庁で商標登録できたとしても厚労省の規制により使用できない場合が多いので、その点について指摘している。

 

午後はQ234Resolution について更に議論され、電子投票システムにより、更なる修正と最終案の採択が可決された。

 

夜は、House of Nobilityという建物のサロンで、Ms. Laura Mikkolaというピアニストのミニコンサートを鑑賞。室内にはフィンランドの貴族の紋章が壁一面に飾ってある。プログラムはショパン、シベリウスとバラエティある中、馴染みのあるベートーベンのソナタ「月光」は、こういう場所で聞くと格別である。

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コンサートのあとの立食でシンガポールとイタリアの弁護士と話していたとき、なんで音楽用語は全部イタリア語なのか、という疑問が出て、イタリア人も答えられなかった。歴史的な理由だと思うが、発音しやすい、ということがあるかも。

 

全般的にAIPPIは、出席者数が多くなりすぎたINTAと比べれば小規模で、人との交流が図りやすいところがよい。

 

9月9日(月)

仕事がたまるので、一応Committee関係の義務は果たしたということで、最終日のファイナルパーティーは諦めて帰国。午後のフライトだったので、肩凝り解消のため、ストーンマッサージというのを試してみる。そのあとフィンランド式のサウナにもちょっと入ってみた。マッサージが効いたのか、帰りのフライトはそれほど疲れを感じなかった。

 

帰りの空港までのタクシーの運転手さんはソマリア人だった。内戦の国から逃げてきて、ヨーロッパ各地に家族が散らばって住んでいるという。フィンランド人の運転手さんと違って、すごくおしゃべりで楽しかった。ヘルシンキに7年いるが、非常に安全で満足とのこと。フィンランド語はむずかしくなかったかと聞くと、ノープロブレム、日本語だって東京に1年住めばすぐに覚えられる、東京に行きたい、呼んでくれたらすぐ行く、という(笑)。もっと若い子じゃないとね、というと、若い子はお金持ってない、ぼくも持ってない、困る、だからOldな人がいい、だって(苦笑)。東京は二グロでもだいじょうぶか、と自分で言う。そんなこと気にするんだ、とちょっと悲しく思いながら、問題ない!と答える。

 

ところで、フィンランドではチップを気にする必要がなく、タクシーは全部カードでOK。完全なカード社会で、現金はほとんど必要ない。

 

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ソウルの国際会議(AIPPI)

1020日(土)

仁川国際空港から会議場のあるCoexまで1時間半くらいかかって、ホテル、Park Hyattに到着。エアポートリムジンに乗ったのに、ホテルまで行ってくれず、近くのリムジンバス乗り場で降ろされたのはちょっとびっくり。ここからはタクシーで行け、という。ホテルは小規模で落ち着いた雰囲気。サービスもよい。日本語が話せるスタッフもいる。廊下にはモダンな書のアート、部屋は全面ガラス張りで、片道6車線の日本では考えられない広い道路の交差点とCoex全体を見下ろせる。

その晩は、かねて親しい韓国の法律特許事務所の商標部ヘッドのK弁理士、Y弁護士と会食。その中で、偶然、日韓親善に資する話になった。「キムチ納豆」(Kimchi-Natto)。納豆にキムチを混ぜると最強の健康食になるということで話題に上ったのだが、図らずも、このK-Nコンビは、KoreaKNipponNK-Nでもあり、またまた偶然ながら、K先生たちの事務所の頭文字のKと弊所の頭文字のNとも一致!ということで、K-Nで盛り上がったというわけです。英語と日本語が両方堪能で超エリートのY弁護士、英語ではこういう話はできないですね、と言われる。

Y弁護士は日本の週刊誌ネタまでご存じなのはびっくり。ある言語を習得するということは、その文化的な背景までそっくりウォッチする、という姿勢はすごいと思う。方や、自分の国の判例を追っかけるので満足しているようではダメだ、と反省させられる。K先生は日本語が完璧と思われるが、日本人が飲食店で店員にいろいろと指示している言葉は聞き取れないことがあるという。韓国では、焼肉店でもいろいろと細かく指示しているように聞こえるが、K先生、外国語の場合、こういう店への細かい指示が一番むずかしいのではないかという。それはそう思う。あまり言葉が通じなければメニューどおりのものしかゲットできないが、できればこそ、いろいろと注文ができるというもの。

私はハングルの音がやっと読める程度だが、先生たちのように、これからでも、記憶力が完全に減退する前に、集中してやってみようと思う。

 

1021日(日)

本日は一日観光。快晴に恵まれた。ソウルの平均気温は東京よりも5度低いので寒いと思っていたが、上着は不要で、ノースリーブの人もいた。

バスでの団体ツアーはあまり好きではないが、会議登録料に同行者一人分のツアー料金が含まれているということで、連れと一緒に参加。

ナムサンゴル韓屋マウル(伝統的な邸宅を移築した公園)⇒Nソウルタワー⇒徳寿宮(トッスグン)⇒南大門市場 と回った。

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以前にソウルに来た時に案内してもらっていたので、今回初めてだったのは最初の公園だけだったが、英語のガイドさんの説明が楽しめた。

南大門市場では、文化遺産の南大門が放火により焼失してしまったが再建中とのこと。市場を歩いていると、何もしゃべっていなくても、やはり日本人とわかるのか、「ニセモノあるよ」(ニセモノの山なのは驚きである)とか「ノリが呼んでるよ」(定番の韓国海苔)とか、日本語で話しかけてくる。

ツアーで一緒だったインドネシア人の女性が、私の靴を見て、「ステキな靴ですね」と日本語で話しかけてきた。日本が大好きで、日本語も少しできるという。日本のものは何でも大好き、ものだけでなく歌も好き、と言って「千の風になって」「見上げてごらん夜空の星を」を口ずさんでくれる。日本の世界的な地位低下が著しい中、このように言っていただけるのは涙が出るほどうれしい気がする。以前は国際会議に出ていても日本人であることを誇らしく思えたものだが、今はなんだか隠したくなるようなご時世。どうしてこういうことになってしまったのか。

1021日(月)

昨日と打って変わっての大雨の中、今回の出張のメインの目的である、AIPPIコミティーミーティングへ向かう。様々な国から初対面の人同士がほとんどという中、進行役のスイス人弁護士が手際よく進め、時間通りに1時間半で終了。

一つのトピックとして、オーストラリアが法制化したタバコのプレーンパッケージング(タバコの包装には需要者が誘うようなロゴ商標や図形商標を使えない)があるが、日本ではまず法制化されることはないと思われる。またタバコについては関心がないとか、タバコ会社のクライアントはいない、ということで全体で盛り上がれる議論ではない。

IP Consultant vs. Levis事件の図形商標の使用については、欧州アトーニーが盛り上がっていた。

日本からの私の関心は、マドプロの基礎要件の緩和について。日本語、中国語、韓国語のように、欧米とは異なり欧文字以外の文字を使用する国では、自国語と欧文字を併記した国内登録を持っている場合に、国際出願する際には、外国では使用しない、例えば片仮名を併記した登録をもって、国際出願では欧文字部分だけを指定できればユーザーフレンドリーである。基礎登録と国際出願とは商標が完全同一でなければならないが、これを緩和することによって、国際出願用の基礎登録を登録し直す必要がなくなる。

夕方は韓国の大手の特許法律事務所のレセプションに行き、そのあと、創立50周年の特許法律事務所のハンガンのクルーズ・レセプションへ。夜景が美しかったが、クルーズの船上はとても寒かった。レセプションは船内で、女子十二楽妨を思わせる美人グループが伝統楽器で楽しませてくれた。今、大流行しているハンガンスタイルも披露。

その後、初日のK先生の事務所のレセプションの最後に顔を出して先日のお礼申し上げ、あとは日本人が集合しているという他の事務所のホテル最上階のレセプションへ。外国でしか合わない日本の弁理士の方々もけっこういるので、これもまたおもしろい情報交換の機会になる。

これは、今回おいしいと思った、あまり甘くないマッコリ。

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知財仲間と阿波踊り&直島ツアー

昨年夏に引き続き、徳島のN弁護士さんにお世話になり、不正競争防止法を研究する(?)知財仲間と、今回は阿波踊りを体験するツアーへ以下の日程で出かけました。

8月14日()

JAL便で出発。10:55に徳島阿波おどり空港へ到着。快晴だったので、途中、生まれて初めて、(雲は多かったものの)鮮明な富士山を上空から眺める幸運に恵まれました。

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昼食は、鳴門パークヒルズ内のカルフォルニアテーブルという素敵なレストランで瀬戸内海を眺めながらのランチ。グラスワインをいただきながら、おしゃれなひと時に浸りました。

阿波踊りの前に、

午後2時 阿波十郎兵衛屋敷にて、人形浄瑠璃鑑賞

午後3時~ 徳島市役所で着付けと阿波踊りの練習

 今回は、徳島市役所が企画した「心おどる水都・とくしま連」という阿波踊り体験にN弁護士が参加申し込みし、(申し込み多数だったようで)抽選の結果、当選!

ということで、最初は見物するだけのツアーと思いきや、自分たちで踊る!?、ということに。

阿波踊りには(笠の内で誰でも美女の)女踊りと男踊りがありますが、女踊りは下駄でステップを踏むと慣れない人はすぐに指の間が痛くなるそうで(想像つきますね)女性も全員男踊りの装束にしました。

着付けは、慣れた方にビシっと帯を締めていただき、なんだか姿勢が正されたようにきっちり感がある一方、とっても楽でした。ゆかたと帯は貸し出しのものです。

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午後5時~8時まで 「とくしま連」で阿波踊り

自分たちの踊り体験は二か所で15分程度ずつでしたが、腕を上げっぱなしは、けっこう疲れます。足も翌日以降、痛みあり、でした。しかし、桟敷席の前で踊るのは格別でした。こんな素人が、こんなとこで踊っていいの?!ってかんじ。

午後8時~ 紺屋町演舞場(桟敷)で阿波踊り見物。N弁護士さんにお料理やさんで用意していただいた、おいしいお弁当を食べつつ、11時まで、いろいろなタイプの阿波踊りを堪能できました。

その夜は、皆さんお疲れなので、早めにホテルでお休みなさい。

8月15日(月)

午前10時ころ ホテル出発

昼食は(本場!)さぬきうどん

昼過ぎ 高松からフェリーで約1時間ベネッセアートサイト直島へ。

島のあちこちに、いろんなオブジェが。

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ホテルのベネッセハウスは、現代アートの美術館であり、宿泊客は自由に見ることができる。広々とした空間で寛げる。

お部屋は素晴らしいオーシャンビュー。女子組3名でも、広さはゆったり。

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夕食までの間、予約制の「地中美術館」へ。

人数を区切って落ち着いて鑑賞、というコンセプトはよいが、思わせぶりなところは評価が分かれるだろう。

夕食は海を眺めながらのテラスハウスレストランで。ホテルからレストランへの散歩道でも景観を堪能できる。

ところで、この島で聞いたセミの声は、シャウシャウと聞こえ、人の声に似ている。東京方面では聞いたことがなく、聞けば、クマゼミとのこと。

8月16日(火)

午前中、直島の古民家を再生しての「家プロジェクト」のアート作品を解説付きで廻りながら鑑賞。

猛暑の中ではありましたが、遊び心あふれるユニークなアート群を解説付きで鑑賞できたのは貴重な体験。

特に、ジェームズ・タレル作品「Backside of the Moon」・安藤忠雄氏設計の南寺での真の闇体験は、必見、というか、必「験」。

ランチのあと、(明日から仕事、と思うと楽園のような)直島から、フェリーで本土の宇野、ここからローカル線で岡山へ。

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そして、Uターンで大混雑、新幹線全席満席、の中~帰還。

 

 

 

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ボストンINTA出張

今年のINTA(International Trademark Association)の年次大会はボストン。今年は担当する米国企業・法律事務所とのミーティングがあり、ボストンは治安のよい学園都市といった印象で、米国の中では一度訪ねてみたい都市だったので、2年ぶりの出張旅行となった。一昨年は珍しくヨーロッパ(ベルリン)での開催だったので、前後に友人とのドレスデン、プラハ旅行をセットして、久々の欧州旅行を楽しんだ。しかし、帰ってからプログを書く余裕がなかったので、残念ながら記録なし。今回は金曜帰国で、この週末は休息中なので、ちょっと詳しく書く。

240510_0911 ホテルはシェラトン。快適なシティホテルであり、ショッピングエリア(プルデンシャルセンター、コープリープレイス)に直結、シンフォニーホール、ボストン美術館にも歩いて行けるので、とても便利。部屋も広く快適。27階の部屋からの眺めは、このとおり。ボストンはレンガ色の建物が多く、また緑も多いので、とてもきれいな街である。

その大きさが驚きのリフレクティングプールの左の通りの向こう側がシンフォニーホール。右側(映っていないが)には大きな噴水があり、日中子供たちが水着で遊んでいた。

5月23日から26日の滞在中、天気は常に快晴で、日中は真夏のように暑かった。(帰ってから東京が4月の寒さとかで、どんよりしており、なんだかボストンでの明るさが懐かしくなったくらい)

しかし、欧米のホテルの常だが、シャワートイレではなく、スリッパ、歯ブラシは常備されておらず、今回驚いたことには冷蔵庫もない!仕方ないので、アイスジャーに氷(廊下に製氷機あり)を入れ毎日1本「支給」されるミネラルウォーターを冷やしておく。

23日(日曜)JAL、シカゴ経由、アメリカン航空で、約12時間+2時間強のフライトで同日夕方に到着。日本から東海岸は遠く、直行便がないとつらい。(しかし、マレーシアからの参加者から聞いたら、彼らはシンガポール、成田経由とのこと。これはもっとたいへん)今回のフライトは、まずプレミアムエコノミーで押さえ、JALカードでたまったマイルでビジネスにアップグレードできたので、往復約24万円でお得だったと思う。このトシになると、エコノミーで長時間は非常に疲れる。JALエグゼクティブクラスの席はかなりゆったりしており、若干斜めながら寝るときにフラットにできる。サービスも満足。昨今のJALのCAは、昔のようにとりすました雰囲気(タカビー?)がなく、親しみやすい雰囲気で、日本語が堪能な外国人CAも、教え込まれたと思われる丁寧な日本語と礼儀が、なんだかかわいい。

ホテルのロビーで先に到着の事務所パートナーがオーストラリア代理人とミーティングしており、それに合流。到着日はそれ以外予定を入れていなかったので、いくつかのレセプションで夕食をすまそうともくろむ。シェラトン隣接のプルデンシャルタワー50階でのレセプションでは、沈もうとする夕日の中の夜景が実に美しかった。そのあと、近隣ホテルでロシアの法律事務所が開いているレセプションに行った。結局レセプションでは飲むばかりで空腹になったので、いつも外国でしか会わない同期の弁理士ほかと、遅くまでやっているイタリアン(総じて、ちゃんとしたレストランの閉店時間は早い)でワイン&パスタで夜食。

24日(月曜)朝、INTAの会議登録受付に行ったが、コンベンションセンターは中心街のホテルからかなり離れている。シャトルバスが頻繁に回っているので便利ではある。タクシーは簡単につかまるが、運転手のなまりが強いと聞き取りがたく(こっちの英語にも問題があるが)、かつ道を知らない運転手もいるようで、一度あきらめて途中下車した。しかし、総じて、タクシーは安全で問題がないと思われる。しかし、いつもながらチップをいくらにするか、めんどうである。めんどうながら、ある意味、何パーセントの金額を付けるかで、客の満足度が図れる、ということになる。レストランでは、カードで払う際にgraduity(tip)の金額を書き込むが(今回は最初の食事で書き込みを忘れ、ウエイターに追いかけられた)、計算のめんどうを省くために、総額の10%、15%、20%の金額が表示されている場合がある。

コンベンションセンターは広大で(無意味に広いかんじ。米国は面積について潤沢である。)、端から端までは相当の距離を歩くことになる。そこで、電気自動車のおじさんがいて、「どこまで行くの?歩くとかなりかかるよ」と言って乗せてくれる。

コンベンションセンターでのセッションは、2日間で、フレグランス&ファッション・インダストリー(有名ブランドについてで盛況)、トレードマーク&デザイン(ブラジルほか)などを聞いた。内容的に特別目新しいことがなくても、テクニカルタームについて英語でどう言うかが勉強になる。

ブラジルでは、日本で立体商標の登録が認められたギリアンチョコレートが登録例として挙げられていたが、同じくチョコレートの形状で、チョコレートとして普通、として拒絶された例も挙げられていた。日本でも同じくだが、チョコレートとして普通の形状か(3条1項3号に該当するか)は微妙というより、どういう考え方を採るか、の問題である。形状の自由度が高い(機能的制約が低い)商品については、先願主義であれば「普通の形状か」の議論ではなく、先に同一類似のものがなければ登録する、という考え方を採ることは、既存の語であっても、その商品について記述的でなく先に同一類似のものがなければ登録する、というのと同じである。<識別力について甘い考え方>  一方、およそチョコレートとして「あり得る」形状であれば登録しない、というのであれば、文字商標についても既存の語ではなく造語でなければ登録しない、とするのが整合性があるというものだ。<識別力について厳しい考え方>

午前のセッションのあと、何件かの依頼を受けたことがある米国の事務所の女性経営者のランチョンミーティングに参加。10名程度の気楽な会であるが、トピックは新しい商標戦略についてであり、米国人のほか、中国人と私(日本人)が出席。彼女が、中国人には、「中国は重要。あなたの考えは?」と聞いていたのに対し、日本については言及しなかったことが、このところの日本の地位低下を如実に表している。国際会議で会う日本人同士で話しても、みな同感するところであるが、日本人は、かつてのように「追いかけられる」ことはない。会議の出席者も、日本人はあまり見かけず、中国人ほか、日本以外のアジア人が元気である。

複雑な気分でランチョンを終えたあと、コンベンションセンターで約束の、米国事務所の商標担当弁護士と会う。日本で仕事をしていたことがあるということで、若干日本語を覚えている。気さくな人で、ちょっと楽しい気分を回復する。このところ、米国弁護士で日本語が達者な人がけっこう出てきているが、彼らからは日本を気に入っている、という感じを受ける。街がきれいで、安全、あらゆる商品、多彩な娯楽(コンサート、美術館など)、あらゆる国の料理にアクセスできることではないかと思う。日本人はもっと自国に誇りを持ってよいと思うが、世界においてこれから日本が目指すべき方向性については、「大国」ではないことは明らかである。

夕方から、コンベンションセンターに近い、知人弁護士(日本企業で働いていたことがあり日本語が堪能な日本通)の事務所のレセプションに行く。商標担当を紹介してもらったら、MIP出身の若手で、ミシガンの出身だがMIP入学からボストン在住であり、ボストンが気に入っているという。その後、Tajiホテルのイタリアの事務所のレセプションへ。ループトップでのパーティーは、やはり夜景がきれいだった。

25日水曜は、担当する米国企業とのミーティングが主で、それが終わると、もうオフ気分。まず、シンフォニーホールのチケットボックスへ行き、当日のボストンポップスのチケットを買う。「テーブル席がいいか?」と聞くので、意味がわからず「テーブル?」と聞き返すと、座席表で、どの辺がいいか、という。前の方の席にする。結局一番高い席になり、89ドル。日本では、あまりないと思うが、1階のフロアに4、5人掛けの丸テーブルが配置され、ワインなどのドリンクと軽食を注文できる。

チケットを確保したあと、ショッピングへ。いつも海外のブランド物のショップで不思議とばったり会うA弁理士と、今回もばったり会う。ルイヴィトンのビジネスバッグを購入したという。のどが渇いたので、ウェスティンホテルのターナーフィッシュリーズ(Turner Fisheries)へ行く。クラムチャウダーが有名らしいが、さっぱりしたものがよかったので、トマトが入っているサラダとビールにする。米国では何でも量が多いので、量が多くないか確認する。このサラダは見た目も(量が適量なため)洗練されており、とてもおいしかった。250510_1807 パンがたっぷり付いてくるので、十分お腹がいっぱいになる。こういうところはアメリカの太っ腹。白ワインを1杯飲んで、2杯目は赤(ジンファンデル)にする。このZimphandelは、日本でのように平板に発音すると通じないようで、最初通じず、頭にアクセントを置くべきことがわかった。だいたいの発音は合っているのにアクセントの位置を間違えると通じない、というのは、英語圏以外の人間(というか日本人)には不思議でもある。日本は地方によってアクセントの位置が異なるのは普通なので、聞き分けられる習慣があるのだろうか。

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ホロ酔いでシンフォニーホールへ行くと、テーブル席は既にひしめいていて、案内されると同テーブルのグループはワインで盛り上がっている。私もシャンパンのハーフを頼んだ。客席のライトアップが華やか。飲みながらであっても、演奏は始まると、きっちりシーンと聞いている。ボストンポップスはボストン交響楽団のオフシーズンにコンサートがあり、125周年とのこと。コンダクターはキース・ロックハート(かなりのキャリアだが、イケメンと思う)、ゲストはモーリン・マクガバン(かなりの年齢かも、だが、魅力的な女性。歌唱力がすばらしい。しかし、もっとお腹とかが痩せて見えるドレスの方がいい、と思った)。

コンサートの途中で、ハーバードとラドクリフの校歌が演奏され、卒業生は立って歌っていた。卒業生の団体が入っていたからだったが、たとえそうでも、他の聴衆もいるのに特定の大学の校歌を演奏するというのは、この街ならではかもしれない。酔っ払っていたせいか、なぜかこのメロディー、この雰囲気に涙が出るほど感動してしまった。

26日木曜は、ボストン美術館の開館に合わせて朝10時に美術館前に到着。260510_0955 ゆっくり全部鑑賞したかったので、結局3時まで5時間、美術館にいてヘトヘトになった。気に入った絵の前のベンチに座って、時間をかけて眺めていられるのは個人旅行の醍醐味。しかし、ちょうど日本でボストン美術館展をやっているので、かなりの重要な作品が日本に行ってしまっているはず(後で、日本で見なくては)。ミレーの種蒔く人、モネの蓮の池(何点か)と日本娘、ゴーギャンの「我々はどこから来たのか、我々は何者か、我々はどこへ行くのか」は少なくとも見ることができた。

昼は美術館のカフェでクラムチャウダー。かなり疲れてホテルにたどりつき、ひと風呂浴びて足をもんで元気を取り戻す。夜はINTAのファイナルパーティーなので、着替えて出かける。かなり若づくりのピンク・グリーンのチェック柄のワンピ(鮮やかな色遣いが大好きなジュンコ・シマダ)に白いパンツ、(成田の免税店でパーティー用のバッグを持って来なかったことを思い出して買った)コーチのゴールドのバッグ斜め掛け、といういでたち。パーティーまでちょっと時間があったので、ホテル隣接のショッピングモールでワンピに合うネックレス(そこまで思い至らず忘れた)を調達しようと、スワロフスキーでちょうど見つかったピンク・グリーンの石をセットしたお手頃価格のネックレスを購入。ついでに、妹へのお土産用にピンクの玉のネックレスも買う。次にニューヨーク・サックスの店で大急ぎで目当てのもの買い、ホテルからシャトルバスでパーティー会場へ。

パーティー会場は、科学博物館。ネットでの評判は今いちで、実際、くまなく見ようという気には、あまりなれなかった。雷の実験のデモンストレーションをちょうど見たが、なんだかコケオドシのようなかんじ。この日は妙に日本人の知り合いと会ったので、適当に飲んで食べて帰った。会場は人でごった返しており、誰かを探そうとしても無理。聞くところによると参加者は1万人に達しているとか。ファイナルパーティーに来ない人もかなりいるが。翌日の便が早いので、ホテルのバーで飲みなおす、という誘惑には負けないで、おやすみなさい、とする。

27日木曜は、ボストン(ローガン国際空港)、7:30発。ホテルから空港は車で15分くらいで着くが、安全を期して5時過ぎにホテルを出る。特にトラブルなく6時過ぎにはゲートへ。今回はeチケットで、アメリカンのカウンターで自動チェックインすると、ペラペラの航空券がJALの乗り継ぎチケットとともに出てくる。シカゴでJALのラウンジに行くと、このペラペラのを日本で通常発券される厚手の紙のものに、わざわざ替えてくれた。いつも帰国のときは、JALのカウンターやラウンジにたどり着くと、もうそこで日本に帰った感があり、ほっとする。(JALには日本の顔として、ぜひともがんばってもらいたい。)JAL機内ではたっぷり時間があるので、行き帰りに4本の映画(シャッターアイランド、アバター、フォーエバーヤング、ミレニアム)を見た。映画はなかなか見に行けないから、よいチャンスなのだが、3D映像が評判のアバターを画質の悪い小さい画面で見る、というのもなんだか、なのだった。それでなおさら感じてしまうのだが、これは画面を楽しむ映画であって、ストーリーは善悪が単純化されすぎていて、いかにもアメリカ映画である。

今回は行きの飛行機でガイドブックを熟読したわりに、フリータイムが一日ちょっとだったので、チェックしていて行けなかったところ、ツアーとして以下がある。次回があれば、というところだが、直行便ができない限り行かないかも、である。

イザベラ・スチュワート・ガードナー美術館(ボストン美術館よりいい、との声あり)、ボストン・ダックツアーズ(水陸両用車でのツァー。グループでワイワイ乗るのがいいかんじ)、ホエールウォッチング(参加者から聞くと評判がよかった)、など

実を言うと(のだめカンタービレの千秋ほどではないが)私は飛行機が大嫌いで(本土内であれば必ず新幹線派)飛んでいることをワインを飲んだり、映画を見たりで一時忘れる必要がある。帰国便が成田に無事ランディングすると心底ほっとする。

ということで、このたびも無事ランディングいたしました。

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久しぶりの箱根

久しぶりの親孝行、妹孝行で、久しぶりの箱根へ。ちょっと贅沢な気分になれる和の宿へ。

強羅温泉 華ごころ http://hanagokoro.info/

全部で8部屋しかなく、各部屋に専用の露天風呂が付いてます。泊まったお部屋の露天風呂はこちら。生ビールを届けてもらうことができ、ビールを飲みながら緑に浸ったひと時、癒されました。お料理はちょっと量が多かったかも。写真は最初から盛りだくさんの八寸。

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何年ぶりかで行った箱根は、ロープウェイも新型に替わっていて、大型で窓の景色がワイドなのにびっくり。また芦ノ湖の遊覧船の最新型ビクトリー、そしてロマンスカーの最新型50000型(VSE)も、いずれも内装に木製のやわらかい雰囲気を出していて、なかなかのグッドデザインと思いました。

宿から乗り物に至るまで、今の日本の日常デザインは、機能を卒業して癒し系に入っていると言えるかもしれません。

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北海道の雪景色

今週末は、友人弁理士の誘いで北海道の研究会へ参加。というか、その後の懇親会(鍋)、二次会(ワインバー)、三次会(ラーメン)がメインでしたが。(研究会の前のランチは、お寿司だったし)

研究会のテーマは、地域ブランドと、4月から出願受付スタートの小売りサービス。地域ブランドについては、自分の事務所では1件も相談がなかったが、さすが北海道では、いろいろな産品があるようで。

次の日は、帰り際にジンギスカン。1泊だけなのに、北海道の食満喫の旅でした。しかし、何と言っても、このところ東京では見ることができない雪景色を、空港からの往復の車窓からたっぷり楽しめたことが一番でした。

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秋保温泉にて

この連休は、久々に夫の実家方面の温泉へ。一泊目は、鎌先温泉の「みちのく庵」。別荘感覚の寛ぎの宿。お料理が洗練されているのに驚きました。おそらく一番景色のよい、棋聖戦が行われたという部屋に泊まることができました。

二泊目は、秋保温泉の「きよ水」。全室、オーシャンビューならぬ、名取川のリバービュー+紅葉が見事でした。窓いっぱいに広がる紅葉を見ながら、川のせせらぎを聞き、何もしない、何も考えない、至福の時を味わいました。持参した実務的な本を開く気には全くなりませんでした。当然。

帰りには、夫の母ご推奨の、海辺の非常に庶民的な食堂で、この地方名物の「はらこめし」。いくらが新鮮で、北海道の「ウニいくら丼」と同じく、美味。

ところで、海辺の道を焼きいもやの車が通ったのですが、この地方の特徴か、スピーカーから流れるのは「石やきいも~やきいも」というフレーズではなく、「ブーッ」と聞こえる、長いクラクションのような音。夫が言うに、これが焼きいもやさんの音、とのこと。へえ~、ところ変われば違うものなのね。

この音で、焼きやさんとわかる、ということは、ある意味、識別力がある音の商標か。いやいや、どの焼きいもやさんも同じ音なら、識別力はないということか。

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回想の大阪リーガロイヤル

木曜、金曜は日本商標協会の年次大会で大阪へ。ホテルはリーガロイヤル。ここには思い出があります。

以前、大阪出張(その時の仕事は、弁理士会から派遣で、前回の意匠法改正についての説明会講師)で、週末につながる日だったので旅行好きの母が付いて来て、ここで一泊。そのあと京都へ。ホテルではラウンジでお茶して、たしか地下の「なだ万」でお食事。

母はその後、何年もただずして病気で亡くなりました。それだけではなく、その仕事のあと、通天閣など、ミニ大阪観光案内をしていただき、ホテルまで送っていただいた大阪の弁理士先生も、その後亡くなっています。

そういうわけで、なんだか感慨深く、その時と少しも変わっていないホテル内を見て回ったのでした。

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ホスピタリティ

久々の親孝行で、久々に軽井沢の温泉へ。再生に成功した旅館に一泊。ここは、先代の経営の時には度々温泉目当てに訪れた思い出の地なので、今回はリニューアルされた宿がどのように変わっているかが楽しみでした。

建物の外装、内装から従業員のユニフォームに至るまで、全般的に洗練された雰囲気となっていましたが、自然をそのまま取り込んだような以前の池のほとりの雰囲気は、かなり人工的な造りとなっており、かつて見られた水鳥の姿もありませんでした。野鳥は相変わらず多く見られ、5月から7月に鳴くというセミの鳴き声とともに、その姿も間近に楽しめました。

従業員教育が徹底されており、モチベーションも高いと感じました。一点気になったのが、おそらくマニュアルでは、敷地内で宿泊客に行き会った場合には、立ち止まって挨拶をするように、といったことが決められているようですが、一方、行き会う以外の場合、例えば、客室のすぐ横の物入れを開けるのに、すぐ横にいる客に、失礼します、の一言もない、というのはいかがなものか、と思った場面がありました。

どういう場面に、どういう挨拶をすべきか、どういう声をかけるのが適切か、といったことを全てマニュアルに記しておくことは難しいと思われ、サービス精神やホスピタリティというのは、要するに個々人が身に着けている感覚が基本となるのではないでしょうか。

宿の和食レストランのお料理は、地元の素材を中心として、味付けも素材を損なわない薄味で、高グレードでした。宿に隣接するビジターも入れる温泉の露天風呂は、緑を堪能できてよかったのですが、敷地内の温泉風呂は、瞑想の空間、と銘打って、外が全く見えない非常に閉塞感のある造りとなっており、圧迫感を感じて瞑想はできませんでした。

6月の軽井沢は静かです。人がまばらな旧軽の通りを歩いて、雲場の池の辺りへ。雨の後の緑は美しく、霧のかかった池の静けさが、夏とは全く違っていました。

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