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ヘルシンキの国際会議(AIPPI)

今回は、AIPPIの委員会(商標の周知性判断における関連する需要者について)の委員長をしていたこともあり、delegateとして参加。初の北欧への旅行。折よくJALの直行便が7月から運行しているので、フライトは10時間以下。

 

9月6日(金)

フライト隣席はノルウェー人だった。ヘルシンキ乗継でオスロまで2時間とのこと。空港からホテルまでのタクシーの運転手さんもそうだったが、北欧の人は大柄ながら物静かな印象。

 

東京は相変わらずの暑さだったので、北欧との気温差を警戒してニットまで持っていったが、ヘルシンキは、気温は日中20度と高くないものの、カンカン照りで暑いくらいだった。日陰は涼しく湿度は低い。現地の人は「まだ夏」と言っていて、オープンカフェや芝生では太陽の光をたっぷり浴びて、紫外線をまったく気にしない様子。日傘をさしている人は皆無である。寒いかも、とばかり考えていて、帽子を持ってこなかったことを後悔。人々の影が長くて大きくて、太陽が低い異国に来ていることを実感する。

ヘルシンキの街は小さく、歩いて回ることができる。海辺の美しい街である。トラムとバスが完備している。トラムは昔の東京の路面電車を彷彿させる(というと、トシがばれますが)治安は夜であってもまったく安全。大道芸人が目につくが、ホームレスのような人はほとんどいない。ワインボトルに水を入れて演奏している人が人気だった。

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夕方早めにホテル(Kamp)にチェックインしてから、会議場に参加登録に行く途中で、Forumというデパートの中にあるムーミンショップと、ちょうど第1金曜の17時からは無料となる国立現代美術館キアズマに立ち寄った。美術館の入場料は通常は10ユーロ。17時前に無料目当ての人々がたくさん待っていた。内容といえば、ちょっと理解がむずかしい現代アートや、がらんどうの空間や、ということで、これを鑑賞に10ユーロは高いかも。スペースをふんだんに使える場所ならでは、というかんじ。壁に貼ってあった感想文の中にも「Waste of space」とあったり。しかし、ガラス張りの館内から会議場(Finlandia Hall)に至る広い芝生の広場や隣のミュージックセンターを臨める開放的な空間である。

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夜は初体験のトナカイ料理をLAPPIにて。民族衣装を着た陽気なウエトレスさんが楽しい。ラップランドからのoriginal tasteとのこと。ビールのジョッキも料理の皿と量もでっかい。干し肉、煮込みなどのトナカイの肉自体は、、大好物になったとは言えませんでしたが。

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ホテルについて一言。歯ブラシはないです。ホテルのバーは遅くまでやってました。2日目の晩は、ちょうどオリンピックの東京招致が決まったときで、外国の方からは口々に「おめでとう」と言われました。

 

9月7日(土)

AIPPIWorking CommitteeQ234、前記委員会のお題)に出席。各国の委員会から上がった報告に基づいて作成されたResolution のドラフトを各国代表の意見により修正していく。

 

その後、夕方まで時間が空いたので散歩。まず、ストックマンのデパ地下スーパーで朝食用のバナナ、トマト、ジュースなどを買う。広くて食品の種類は豊富で量も豊富で、この国の豊かさを感じる。

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ウスペンスキー寺院(開いていない。土曜は14時で閉まる。)、ヘルシンキ大聖堂、エスプラナーディ公園、と回ってホテル近くに戻ってきた。ホテル周辺に、テーブルウエアの有名ブランド、イッタラ、そして大好きなマリメッコのお店がある。しかし、いずれも17時で閉店。また翌日の日曜は、ほとんどのお店がお休み。ヨーロッパは、まったくもって買い物に不便だが、日本もペースを落としてこの余裕を見習うべきか。

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ヘルシンキ大聖堂

夜までの間、ちょっとフィンランドのテレビを見てみる。歌番組をやっていたが、みな歌唱力のある大人の歌、というかんじで、AKBのような少女のグループは出てこない。民族舞踊のようなダンスも楽しめる。

 

夜はホテル近くのレストランでビュッフェ。サンタクロースが登場。そういえば、サンタの故郷の国だっけ?生バンドで久々に踊る、というか運動した。

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9月8日(日)

私がもう一つ属しているWorking Committee (Q212)のミーティングに出席。ここでは、オーストラリアのPlain Package の問題を議論。この法律はタバコのパッケージに対する規制で、ロゴや色彩を用いた商標を表示してはならず(限定された範囲で文字商標は表示できる)、健康被害の警告表示を義務付けるもの。日本グループでも、この問題について一回会合を開いて討論したが、タバコについては、このような法案が通ることは想定できない一方、医薬品の名称については特許庁で商標登録できたとしても厚労省の規制により使用できない場合が多いので、その点について指摘している。

 

午後はQ234Resolution について更に議論され、電子投票システムにより、更なる修正と最終案の採択が可決された。

 

夜は、House of Nobilityという建物のサロンで、Ms. Laura Mikkolaというピアニストのミニコンサートを鑑賞。室内にはフィンランドの貴族の紋章が壁一面に飾ってある。プログラムはショパン、シベリウスとバラエティある中、馴染みのあるベートーベンのソナタ「月光」は、こういう場所で聞くと格別である。

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コンサートのあとの立食でシンガポールとイタリアの弁護士と話していたとき、なんで音楽用語は全部イタリア語なのか、という疑問が出て、イタリア人も答えられなかった。歴史的な理由だと思うが、発音しやすい、ということがあるかも。

 

全般的にAIPPIは、出席者数が多くなりすぎたINTAと比べれば小規模で、人との交流が図りやすいところがよい。

 

9月9日(月)

仕事がたまるので、一応Committee関係の義務は果たしたということで、最終日のファイナルパーティーは諦めて帰国。午後のフライトだったので、肩凝り解消のため、ストーンマッサージというのを試してみる。そのあとフィンランド式のサウナにもちょっと入ってみた。マッサージが効いたのか、帰りのフライトはそれほど疲れを感じなかった。

 

帰りの空港までのタクシーの運転手さんはソマリア人だった。内戦の国から逃げてきて、ヨーロッパ各地に家族が散らばって住んでいるという。フィンランド人の運転手さんと違って、すごくおしゃべりで楽しかった。ヘルシンキに7年いるが、非常に安全で満足とのこと。フィンランド語はむずかしくなかったかと聞くと、ノープロブレム、日本語だって東京に1年住めばすぐに覚えられる、東京に行きたい、呼んでくれたらすぐ行く、という(笑)。もっと若い子じゃないとね、というと、若い子はお金持ってない、ぼくも持ってない、困る、だからOldな人がいい、だって(苦笑)。東京は二グロでもだいじょうぶか、と自分で言う。そんなこと気にするんだ、とちょっと悲しく思いながら、問題ない!と答える。

 

ところで、フィンランドではチップを気にする必要がなく、タクシーは全部カードでOK。完全なカード社会で、現金はほとんど必要ない。

 

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その、ひと言に救われる

本日はピアノの発表会。2年前に、老化防止のために?レッスンを再開して、2回目の発表会。 

 

今回は直前の週に出張が入ることがわかっていたし、相変わらず週末くらいしか練習ができないので、あまり気が進まなかったのですが、先生から、「今回は銀座のヤマハホールで、めったに弾けないとこだから」ということで、参加することに。

曲は、大好きなバッハ、イギリス組曲3番から。

自分としては練習時間を取り、直前練習では、ほぼ完璧!と思ってたのですが、案の定、本番では、練習で間違えないところを間違えるもので、何か所も音をはずしてしまった。練習の成果があったとしたら、間違えてもノン・ストップ。一応は止まらないで最後まで弾けたことでしょうか。 

しかし、練習時に比べたらあまりに不出来でがっくり。

休憩時間に化粧室に行って、もう後半の演奏は聞かないで帰っちゃおう、と思っていたところ、おしゃれな女性に声をかけられた。

「さきほどバッハを弾かれた方ですよね。ステキでした。私、バッハが好きで。」

「え!?ボロボロでしたよ」

「いえいえ、落ち着いて弾いていらっしゃいましたよ。」

これにはウルウルきちゃいました。ありがとうございますsign03

 

聞けば、だんな様が後半に演奏されるということで、これは聞かなくちゃ、と、すっかり気を取り直して会場に戻りました。

その、ひと言に救われる、ってありますよね。

ホールのコンサートピアノは音色とタッチがすばらしく、わ~また間違えちゃった、という緊張の最中でも、一時、気持ちいい~と音楽に酔うことがきました。いつもこういうピアノで練習できてればな~。弘法じゃないから筆を選ぶってことで。

後半の、その彼女のだんな様はショパンのスケルツォで超難易度の高いものを弾かれてました。こういう演奏を日常聞いておられるとは・・

その前の演奏の方が白いドレスもショパンのマズルカの演奏もすばらしかったので、帰りのエレベータでお一人で乗っていらした時に、「すばらしい演奏でした。ドレスもすてきです。」と私も声掛け。「いえいえ、ぜんぜんだめでした。」とご謙遜。その方は私に慰められるレベルの方ではなかったですが。

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ある別れ

友人の会社社長が、9月8日に亡くなられた。享年62歳。

ビル清掃が主な業務の会社だが、ハウスクリーニングやリフォームでお世話になり、家族や共通の友人ともどもパーティーしたり旅行に行ったりした楽しい思い出がある。

お互い小規模経営者ということで(といっても、その会社の方がよっぽど大きいですが)経営者としてのグチを聞きあったり、アドバイスもらったり。

とても人柄のよい方で、営業力もある方だったが、やはり経営者ストレスのためか何年か前に肝臓の病となり、それ以降も強い意志による節制によりお元気だったが、ついに。

息子さんが会社を継がれるとのこと。後継者はたいへんだと思いますが、父上と同じ性格であれば成功されることでしょう。

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